SmartHR、112億円の赤字から19.6億円の黒字へ — 登記簿と決算公告で追う「V字回復」と、創業者が退いた取締役会

株式会社SmartHR(旧・KUFU)の決算公告・登記簿・知財・PR を相互参照し、112億円の赤字から19.6億円の黒字へのV字回復、創業者退任後の取締役会、上場準備の外形要件を読み解く。

Compalyze編集部分析対象株式会社SmartHR

この記事のポイント

  • FY2024 の112億円の赤字から FY2025 の19.6億円の黒字へ V字回復
  • A・B・C1・C2・D・E の6シリーズ優先株式、累計調達 約450億円超。シリーズEはDとフラット(時価総額 約1,823億円)
  • 創業者は2025年3月に取締役を退任。創業者が抜けても回るガバナンス体制で上場準備の外形要件が揃いつつある

本記事の前提 株式会社SmartHR(旧・株式会社KUFU、法人番号 2011001093311)について、 決算公告・登記簿・公開IR・知財DB を相互参照し、第三者視点で構成した分析記事です。数字は決算公告の「単独・無連結」ベース。売上高はB/S+P/L方式の公告のため非開示です。


1. まず、決算の見出し数字 — V字回復

SmartHR の決算公告から取れる数字を並べると、 赤字の谷と、その後の黒字転換 がはっきり見える。

指標2016/122017/122023/122024/122025/12
当期純損益▲0.7億▲4.8億▲112.1億▲46.8億+19.6億
純資産4.9億4.1億5.2億60.3億86.2億
総資産5.3億6.3億132.8億187.8億239.1億
負債合計0.4億2.2億127.6億127.5億152.8億
自己資本比率92.8%65.4%3.9%32.1%36.1%
ROE(単体)▲14.4%▲115.6%▲2,151.9%▲77.6%+22.8%

当期純損益の推移

決算公告ベースで追えるのは上の5期(2018〜2022年期は公告データが取れず不連続)だが、それでも語るべきことは明確だ。

  • 2023年12月期に当期純損失112.1億円 という巨額の谷をつけ、自己資本比率は 3.9% まで低下、ROEは ▲2,151.9% という異常値を記録した。
  • そこから 2024年期 ▲46.8億 → 2025年期 +19.6億 と、わずか2年で 黒字転換 。ROEは +22.8% にプラス浮上した。

純資産と自己資本比率

純資産は 2023年の 5.2億円から、シリーズE(後述)を経て 86.2億円 へ回復。SaaS にありがちな「投資先行の谷」を、しっかり通過したことが読み取れる。


2. 「SmartHR」という会社の血統 — 旧社名は「KUFU」

スタートは2013年、社名は「株式会社KUFU」

登記簿によれば、設立は 2013年1月23日 、当初の商号は 株式会社KUFU 。2019年に現在の 株式会社SmartHR へ商号変更している。2016年の最初期の資金調達プレスも「株式会社KUFUが総額約5億円の資金調達」という名義で出ており、プロダクト名が会社名を飲み込んでいった軌跡が分かる。

本店は東京都港区六本木、住友不動産六本木グランドタワー。決算期は12月。

シード〜シリーズE、累計約450億円超

資金調達ラウンド

プレスリリースから調達ラウンドを並べると、国内SaaSでも有数のメガファイナンス史になる。

ラウンド時期金額備考
シード2016約5億円旧社名KUFU。East Ventures / DGインキュベーション / BEENEXT
シリーズB2018/01約15億円戦略的スキームSPVを活用
シリーズC2019/07約61.5億円
シリーズD2021/06約156億円
シリーズE2024/07約214億円国内SaaS最大級

累計は約450億円超 。登記簿の発行済株式にも、この調達の足跡がそのまま刻まれている。

種類株式は A・B・C1・C2・D・E の6シリーズ

登記簿(2024年7月末時点)の発行済株式は計 31万9,529株 。内訳は 普通株式 127,050株 に加え、 A種・B種・C1種・C2種・D種・E種 の優先株式が積み上がっている。直近で E種 19,088株 が増えており、これがシリーズEの新規発行分にあたる。A種の払込金額は登記上 1株12,000円 。優先株主への残余財産分配は D→C→B→A→普通株式の順という、典型的なシリーズ後行優先の設計だ。

なお資本金は、決算公告ベースで 2017年期の 4.9億円 から 2023年期には 約1.0億円 へと大きく減っている。これは欠損ではなく、 資本金1億円ラインに合わせた大型減資(税制最適化) とみられ、急成長スタートアップが一定規模で必ず通る手続きである。

時価総額の推察 — シリーズEはDとフラット、約1,823億円

登記簿には、各種優先株式の 1株あたりの値段(発行価額) がそのまま記載されている。これに登記上の株式数を掛ければ、公表の調達額(転換社債やセカンダリーが混じる)に頼らず、会社全体の時価総額が直接出せる。時価総額は、新株予約権・ストックオプションも含めた全株式数をもとに算出した。

1株あたりの値段の推移

ラウンド時期1株あたりの値段(登記)新規発行株株式で集めたお金(検算)推定時価総額
シリーズA〜201612,000円約4.17万株(A種)約 5.0億円
シリーズB2018/0135,500円約4.23万株(B種)約 15.0億円
シリーズC2019/07106,600円約5.96万株(C1+C2)約 61.6億円
シリーズD2021/06523,923円約2.99万株(D種)約 156.5億円約 1,590億円
シリーズE2024/07523,923円約1.91万株(E種)約 100億円(株式分)約 1,823億円

時価総額の計算に使った全株式数は、シリーズD時点で約30.3万株(発行済30.04万+新株予約権 約0.3万)、シリーズE時点で約34.8万株(発行済31.95万+新株予約権 約2.85万)。シリーズDとEの間に 第10回新株予約権 23,451株(2023年9月、従業員向けの大型付与) が乗ったため、Eの株式数が大きく増えている。

表から見えてくるのは、次の4つの事実だ。

  1. 検算が完全に合う。 登記の1株の値段 × 新規発行株式数が、公表されたシリーズB(15億)・シリーズC(61.5億)・シリーズD(156億)の調達額をほぼ完全に再現する。1株の値段が登記の事実として取れるため、計算の確度は高い。
  2. シリーズEは、シリーズDと同じ1株 523,923円のフラットラウンド。 2024年のシリーズEは評価額(1株の値段)を上げる調達ではなく、 同じ値段で資本を厚くする調達 だった。公表「214億円」のうち、新規発行株式(E種19,088株)で集めたお金は 約100億円 にとどまり、残り約114億円は転換社債・既存株主の追加出資・セカンダリー等とみられる。
  3. 会社全体の時価総額は シリーズD 約1,590億円 、シリーズE 約1,823億円 。1株の値段が横ばいでも、新株予約権が増えたぶん株式数が増え、会社全体の値段は緩やかに上がっている。
  4. シリーズA〜C は当時の普通株式数(株式分割の履歴)が確定できないため時価総額は「‐」とした。シリーズD・E は株式数が登記で確定するため数値を出している。

3. 経営体制 — 創業者が退いた取締役会と、上場準備の足音

ガバナンスと上場準備のタイムライン

ここが、今のSmartHRを読み解く最大の見どころだ。

創業者は2025年3月に取締役を退任

登記簿の役員履歴をたどると、 創業者は2024年期まで取締役として在任していたが、2025年3月26日付で退任 している。代表取締役の交代はそれ以前に済ませており、現在の代表取締役は 芹澤雅人氏2025年に創業者が取締役からも外れたことで、経営は完全に次世代体制へ移行した

現任の取締役会は、代表の芹澤氏のほか、社外取締役(VC・元上場企業会長クラスを含む複数名)、 監査等委員 として複数名(社内・社外)、 会計監査人として EY新日本有限責任監査法人 が並ぶ。創業初期にはリード投資家のVCパートナーも取締役を務めていたが、すでに退任している。

上場準備が「外形的に」整いつつある

登記簿から読み取れる、IPO予備軍としてのシグナルは明確だ。

  • 2021年3月:監査等委員会設置会社へ移行
  • 2022年3月:会計監査人に EY新日本有限責任監査法人 を設置
  • 2024年7月:シリーズE 214億円
  • 2025年12月期:当期純利益が黒字転換(+19.6億円)

監査等委員会+会計監査人+黒字化 という、上場審査で求められる外形要件をすでに満たしつつある状態だ。 「いつ出してもおかしくない」フェーズ に入っているとみるのが整合的である。


4. 採用と知財 — 黒字化局面でも増員、特許で守る

社員数は黒字化局面でも増え続けている

社員数の推移

厚労省の被保険者数で追える社員数は、2024年3月の 1,033人 から本日時点の 1,654人 まで、黒字転換の局面でもむしろ増員が続いている。「コストを絞って無理やり黒字にした」のではなく、 売上の伸びが費用の伸びを追い越して自然に黒字化した(オペレーティングレバレッジが効いた) ことを示唆する。

知財 — 特許19件登録・18件係属の「技術で守る」型

知財ポートフォリオ

J-PlatPat で見ると、SmartHRの知財は 商標 登録39件・特許 登録19件・特許 係属中18件 と分厚い。商標だけで固めるスタートアップが多い中、 特許を継続的に取得・出願し続けている 点は、労務手続きの自動化ロジックなど、プロダクトの中核を技術として守りにいっている表れと読める。


5. 「112億円の赤字」の正体と、黒字転換の意味

2023年12月期の 当期純損失112.1億円 は、単年度の数字としては強烈だ。同時に負債が 127.6億円 へ急増している。決算公告はP/Lの内訳を出さないため断定はできないが、状況証拠から輪郭は描ける。

  • 2021年のシリーズD(156億円)以降、SmartHRは 大型テレビCM・エンタープライズ営業・1,000人超への増員 に一気に投資した。この時期の費用先行が、2023年の巨額損失として表面化したとみられる。
  • 負債127.6億円の中には、SaaS特有の 前受金(年間契約の未経過分) が相当含まれるはずで、これは「借金」ではなく 事業の先行指標(受注残) に近い。負債が厚い=危ない、と単純に読むべきではない。

そして 2025年12月期に+19.6億円へ黒字転換 。SaaSの教科書どおり、 ARRが積み上がってコストを追い越した瞬間 が決算公告に表れた、と読める。上場準備の外形要件(監査・ガバナンス)と、黒字化という実態が同時に揃ったことの意味は大きい。


6. 結論 — V字回復のあとに残る論点

出口(IPO)が現実味を帯びる局面に入った

累計450億円超を投じた投資家にとって、黒字転換と上場準備の外形が整った今は、 IPOという出口がいよいよ現実味を帯びる局面 である。ダウンサイドよりアップサイドを見る段階に入っており、シリーズEのフラットラウンドという事実は、投資家がここからの単価上昇を「次の市場性のあるイベント=上場」で取りにいく構えと一致する。

創業者が外れても回るガバナンス体制

代表交代に続き、2025年に創業者が取締役からも外れた。 属人性を排し、プロ経営者と社外取締役・会計監査人で固めた のは、上場企業として求められるガバナンスそのものである。意思決定の連続性は途切れず、創業者がボードを外れたタイミングと黒字化のタイミングが重なった事実は記録として残る。

規模と知財が築いた参入障壁

社員1,600人超・累計450億円・特許19件という規模と蓄積は、人事労務クラウドの分野で 相応の参入障壁 を形作っている。後発が同じ水準に到達するには、相当の時間と資本を要する。 「well-working(労働にまつわる社会課題をなくす)」 というミッションは創業期から一貫しており、黒字化はそのミッションを長く続けるための体力を得たという意味でもある。


7. 計算方法・データの限界(Methodology)

時価総額の基本的な算定ルール(資本金増×2、新株予約権を含む全株式数の現存ベース集計)は本記事末尾の共通注記にまとめている。ここではSmartHR固有のメモを残す。

  • 財務数値はすべて 決算公告(単独・無連結) ベース。SmartHRは公告がB/S+P/L方式で 売上高は非開示 のため、ARR等は推察にとどまる。2018〜2022年期は公告データを欠くため、 5期の不連続系列 として扱った。
  • シリーズA〜C は当時の普通株式数(株式分割の履歴)が確定できないため時価総額は「‐」とした。シリーズD・E は株式数が登記で確定するため数値を出している。
  • 役員・株式・資本金の情報は 履歴事項全部証明書 、社員数は 厚労省 被保険者数 、調達は PR TIMES 、知財は J-PlatPat を出典とする。

8. ファクトシート

項目内容
法人番号2011001093311
商号株式会社SmartHR(旧・株式会社KUFU)
本店東京都港区六本木3-2-1 住友不動産六本木グランドタワー
設立2013年1月23日
代表者芹澤雅人
決算期12月期
会計監査人EY新日本有限責任監査法人
機関設計監査等委員会設置会社・取締役会設置会社