HRBrainの「1年だけの黒字」──上場を急がずPEファンド傘下に入ったHR SaaSの決算公告8期
非上場のHR SaaS・HRBrainの決算公告を8期並べると、当期純利益の黒字は2025年3月期(+1.26億円)の1期だけ。2023年末のPEファンドEQTによる過半数取得と、資本準備金の2度の取り崩しを公開データから追った。

この記事のポイント
- 決算公告で追える8期のうち、当期純利益が黒字なのは2025年3月期(+1.26億円)の1期だけ。その前期は最も深い▲10.06億円の赤字だった
- 2023年末にスウェーデン系ファンドのEQTが既存株主から過半数を取得。上場の時間軸を延ばし、ファンドを中間の出口かつ成長の担い手にした
- 調達で20.7億円まで積み上げた資本準備金を、2度にわたって取り崩し(→9.0億円)。直近期は損失を出しながら繰越損失が縮んでおり、累積赤字を埋める動きと整合する
人事評価やタレントマネジメントのクラウドを手がける株式会社HRBrainは、社名でこそ知られるが、決算の数字はあまり表に出ない。非上場で、官報の決算公告と登記簿がほぼ唯一の公開情報だ。その公告を8期分並べると、当期純利益にひとつだけ奇妙な突起がある。ずっと赤字だった会社が、2025年3月期に一度だけ黒字になり、翌期にまた赤字へ戻っている。この記事は、その「1年だけの黒字」の前後で何が起きていたかを、公開資料の側から並べ直したものだ。
1. 8期のうち、黒字は1期だけ
まず当期純利益の推移から。

2019年3月期の▲2.85億円から赤字はおおむね深くなり、2024年3月期に▲10.06億円と最も大きくなる。ここまでは、先行投資でシェアを取りにいくSaaSにはよくある形だ(その途中、2023年3月期だけは▲7.20億円と一度赤字幅が縮んでいる)。目を引くのはその次で、2025年3月期に当期純利益が+1.26億円と、8期で初めて黒字に転じている。前期から差し引きで約11.3億円の改善だ。ところが翌2026年3月期は▲1.79億円と、再び赤字に戻る。
この黒字は、プレスリリースにも自社の発信にも出てこない。決算公告を開いて初めて見える数字だ。ここで一つ、注意が要る。HRBrainの決算公告から確認できる損益の情報は当期純利益に限られ、売上高や営業利益は公開されていない。つまり、この黒字が本業(営業)の黒字だったのか、それとも税・営業外・特別損益といった一時的な要因によるものなのかは、公開資料からは判別できない。しかも1期で11億円を超える改善は幅が大きく、本業の伸びだけで説明できるとも限らない。この記事でいう「黒字」は、あくまで最終損益(当期純利益)が黒字だったという意味であり、分かるのは、赤字続きの会社に最終黒字が1期だけ挟まり、すぐに元へ戻ったという事実の形だけである。
その形を読むには、損益計算書の外側──会社の持ち主が変わったこと──を見たほうが早い。
2. 上場を急がず、ファンドの傘下へ
2023年11月、HRBrainの株主構成が大きく動いた。スウェーデンに本拠を置く投資ファンドEQTの成長投資部門(BPEA EQT Mid-Market Growth Fund)が、それまでのベンチャーキャピタルなどから株式の過半数を取得し、同年12月にHRBrainを傘下に収めた。創業者の代表取締役 堀浩輝氏は少数株主として残り、経営を続けている。この買収を報じた日本経済新聞は、企業価値を約200億円としている。
ここで見落としてはいけないのは、この取引が既存株主からの株式の買い取り(セカンダリー)だった点だ。会社が新株を発行して資金を集める増資とは違い、EQTの過半数取得そのものではHRBrainの手元に新しい資金は入っていない。既存投資家の出口をつくり、次の成長の担い手を迎え入れる——その二つを同時に実現した取引であって、事業のための資金調達ではない。
注目したいのは、成長中のSaaSが上場ではなくファンド傘下という道を選んだ点だ。同社の当時の最高財務責任者(CFO)は、その経緯をnoteで公表している。要点は、上場して四半期ごとの市場の圧力を受けながら成長を続けるより、株主を実質的に創業者とファンドに絞って意思決定を速くし、初期の投資家に出口をつくり、M&Aによる非連続な成長のための資金を機動的に確保するほうが合理的だ、という判断だった。株式にはいまも上場申請が決議されれば普通株へ切り替わる条項が残っており、上場を捨てたというより、その時計の針を止めて後ろへずらした、と読むほうが実態に近い。
会社の持ち主が変わったのは、8期のうち最も赤字が深かった2024年3月期の途中である。そして初の黒字が出るのは、その次の期だ。時系列はきれいに重なるが、ファンドが入ったから黒字になった、と因果で言い切れる材料は公開資料にはない。ここで確かに言えるのは、赤字の底とオーナー交代と黒字化が、ほぼ同じ時期に前後して並んでいるということである。
3. バランスシートを整える
オーナーが変わる前後で、貸借対照表の見た目も動いている。調達の跡が最もよく残るのは、株式で集めたお金のうち資本金に組み入れなかった分、つまり資本準備金だ。

資本準備金は増資のたびに積み上がり、2022年3月期に20.7億円まで達する。ところがその後、2024年3月期に14.98億円へ(▲5.7億円)、2026年3月期に9.0億円へ(▲6.0億円)と、2度にわたって減っている。増資を伴わない資本準備金の減少は、たまった赤字を埋める「欠損填補」に使われるのが一般的だ。とくに直近の2026年3月期は、赤字を出しながら繰越損失が縮んでおり、欠損填補とみて整合する(取り崩しの正確な使途は株主総会の決議事項で、公開資料だけでは断定できない)。積み上げた準備金を崩して累積損失を圧縮し、貸借対照表上の資本構成を整えていく処理だ。ただし、上場や配当といった具体的な狙いまでは公開資料からは確認できない。なお、EQTの取得はセカンダリーで会社に資金が入らない取引だったため、この時期に資本準備金が新たに積み上がっていないこととも符合する。
資産と負債の側も見ておく。

出発点の2019年3月期は純資産が▲1.67億円で、負債が資産を上回る債務超過だった(自己資本比率でみると▲203.7%にあたる)。そこから増資で純資産を立て直し、総資産は0.82億円から約37.7億円まで拡大する。一方で負債も2.5億円から約31.2億円へ膨らみ、自己資本比率は2022年3月期の49.4%から直近は17.0%まで下がった。SaaSの負債には、年払いの前受金のように事業が伸びるほど増える性格のものも含まれるため、この重さをそのまま危険信号と読むのは早い。ただ、株式での調達を公表していない4年間に総資産が膨らみ続けた事実は、資産の拡大と並行して負債側も厚くなってきたことを示している(負債の内訳は公告に出ないため、借入と事業性の負債のどちらがどれだけ効いているかは判別できない)。
4. 黒字の翌年も、投資は止まらない
一度は黒字を出した会社が、なぜ翌期にまた赤字へ戻ったのか。ここでも損益の内訳は公開されていないが、周辺の数字は投資を止めていないことを一貫して示している。

社会保険の被保険者数でみた従業員は、2023年12月の154人から2026年7月の283人へ、2年半で1.8倍に増えた。プロダクトの数も増え続けている。2016年に「HR Brain」の商標を出願してから、「EX Intelligence」「WorkSuite」、そして2025年には生成AIをうたう「Brain」へと、商標の系譜がそのまま守備範囲の拡張になっている。累計導入社数は2026年1月に4,000社を超えた。人を増やし、機能を足し続ける局面では、最終損益は年度ごとに振れやすい。
そのうえで2026年1月、HRBrainはHaul社から採用領域の事業(採用支援SaaS「RekMA」など)を譲受し、採用から入社後までを一気通貫で支援すると発表した。傘下入り時にCFOが語っていた「M&Aによる非連続な成長」を、実際に動かした形になる。ただしこの譲受は2026年3月期の期末まで2〜3か月という時点の出来事で、譲受額も完了時期も公表されていない。この期の赤字を金額で説明できる規模ではない。赤字転落の主因を一つに絞ることはできないが、人員の倍増と新機能の連発は、黒字を出したこの局面でも投資を緩めていなかったことを示している。Haulの譲受も、赤字の原因というより、黒字の後も攻めの姿勢が続いていることを示す出来事として時系列に置くほうが実態に近い(黒字化と再赤字それぞれの要因は、損益の内訳が公開されない以上、公開資料からは確認できない)。同じ2025年12月には、SB C&Sがマイノリティ出資を伴う戦略的な提携に加わっている。
5. 株式の中身と、上場を選択肢に残す設計
資本政策の細部にも、この会社の立ち位置が出ている。いま発行されているのは、優先的な条件がついた甲種・乙種・丙種の株式だ。いずれも、上場申請が取締役会で決議されれば普通株式へ切り替わる条項がついている。上場を選択肢として残した設計にはなっているが、この条項だけで上場の時期や準備段階までは判断できない。
直近の動きとしては、2025年11月に丙種株式218株を1株459,508円で発行し、資本金が1億円から約1.5億円へ増えている(登記ベース)。払込総額のちょうど半分を資本金に組み入れる会社法の標準的な処理と一円単位で合う。金額としては約1億円と小さく、議決権のない設計だ。前章で触れた翌12月のSB C&Sの出資とは、時期も、金額の小ささや議決権のなさといった性格も近い。ただし、丙種株式とこの出資が同じものかどうかは公表資料からは確認できない。

機関の設計をみると、監査役は3名(いずれも2024年6月就任)置かれている。上場審査では監査法人などによる財務諸表の監査が必要になるが、登記に載る会社法上の会計監査人が置かれているかどうかだけで、上場準備がどの段階にあるかを言い当てることはできない。監査役3名の体制や優先株式の普通株転換条項は、上場を選択肢に残した外形として読める、という程度にとどめておくのが正確だ。
6. 「1年だけの黒字」は、到達点だったのか
HRBrainの8期は、赤字を広げながら会社を大きくし、オーナーをファンドに替え、たまった損失を資本準備金で薄め、いったん最終黒字を出し、そしてまた赤字に戻る──という順番で並んでいる。少なくとも、その最終黒字は定着しなかった。一方で、人員の増加、商品の拡張、事業の譲受という外形からは、黒字を守ることを最優先するより、成長への投資を続けた可能性がうかがえる。ただし、その黒字が本業の改善だったのか、再びの赤字が投資の結果だったのかは、損益の内訳が公開されない以上、ここから先へは踏み込めない。
次に確かめられるのは、2027年3月期の決算公告だ。採用領域に踏み込んだあと、当期純損益と、総資産・負債がどう動くのか。資本準備金の残り9.0億円が次にどう使われるのか。「1年だけの黒字」が例外のままで終わるのか、それとも折り返し点だったのかは、その公告が最初の答え合わせになる。
ファクトシート
- 商号: 株式会社HRBrain
- 本店: 東京都港区三田三丁目(2025年4月に品川区から移転)
- 設立: 2016年3月1日
- 決算期: 3月
- 代表取締役: 堀浩輝
- 支配株主: EQTが運用するファンド(BPEA EQT Mid-Market Growth Fund、2023年12月に過半数取得)
- 従業員(社会保険被保険者): 283人(2026年7月)
- 累計導入社数: 4,000社超(2026年1月)
計算方法
- 当期純利益・総資産・純資産・負債・資本準備金・自己資本比率は、各期の決算公告(官報)の貸借対照表と純資産の内訳から取得した。株式会社の決算公告は損益計算書を含まないため、売上高・営業利益・黒字化の内訳は本記事では扱っていない。
- 資本準備金の推移(20.7億円→14.98億円→9.0億円)は決算公告のBS内訳から復元した。取り崩しの使途(欠損填補か否か)は決議事項のため、繰越損失の同時変動から整合を確認するにとどめている。
- 2025年11月の丙種株式は登記簿ベース。218株×459,508円=100,172,744円、うち50,086,372円を資本金へ組み入れ、資本金が1億円→1億5,008万6,372円になる計算と一致した。
- 本記事は推定評価額(時価総額)を算定していない。初期の優先株式の払込単価が現在の登記からは追えず、全株式ベースの試算に必要な単価が確定できないためで、確度の低い数字は出さない方針による。
参考にした主な外部情報
- 同社CFO(当時)によるnote「上場ではなくPEファンドを選んだ理由」
決算公告(官報)、登記簿、社会保険被保険者数、EQTおよび各社の公表資料、報道各社の記事を参照した。
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