カケハシの推定評価額は約649億円 ─ シリーズD資金調達「約140億円」のうち株式払込は66.5億円。決算公告6期と登記簿で読む薬局DXの資本政策

薬局DX「Musubi」のカケハシを決算公告6期と登記簿4通で分析。公表140億円のシリーズDのうち会社への新規の株式払込は66.5億円。全株式数ベースの推定時価総額は約649億円(登記からの独自試算)。6回の減資と赤字縮小の軌道も整理した。

Compalyze 編集部分析対象株式会社カケハシ

この記事のポイント

  • D種優先株式の取得価額 1株14,000円が登記に明記され、「資本金増×2÷新規発行株数」と完全一致。直近ラウンド時点(2025年7月)の全株式数ベース時価総額は 約649億円
  • 公表「約140億円のシリーズD」のうち、登記で確認できる会社への新規の株式払込は 66.5億円 。リリースには既存株主による株式譲渡(会社への資金流入ではない)も含まれ、同時期に社債とセットの転換型新株予約権(計61,421株分)も発行されている
  • 「増資 → 2月の期末前に資本金1億円へ減資」を 6回 反復。決算公告6期の純損失は累計 約95億円で、ピークは2023年2月期の▲34.4億円

本記事の前提 株式会社カケハシ(本店:東京都港区、設立:2016年3月30日)について、 (1) 決算公告 6期分(2018年2月期〜2025年2月期、官報)(2) 履歴事項全部証明書1通+閉鎖事項証明書3通(渋谷→新宿→中央区築地→港区の登記記録を全カバー)(3) 公開プレスリリース 134件(2018年〜2026年)(4) 厚生労働省 社会保険適用事業所の被保険者数(5) 特許庁 J-PlatPat の知財データ を相互参照し、第三者視点で構成した分析記事です。数字は単体・無連結ベース。


1. シリーズD「約140億円」の解剖 ─ 株式で集めたのは66.5億円

調剤薬局向けSaaS「Musubi」のカケハシは、2025年6月10日に「約140億円のシリーズDラウンドを実施」と公表した。調剤薬局のDXというBtoB領域で、100億円を超えるラウンドが成立したことになる。

このラウンドが登記簿にどう記録されたかを見ると、調達の設計が読める。

  • 2025年7月11日:D種優先株式 475,000株を発行 。資本金は1億円から34億2,500万円へ、33億2,500万円増加した
  • 増資の払込は半分が資本金・半分が資本準備金に入る慣行から、株式での払込額は 33.25億円×2= 66.5億円
  • 1株あたりの値段は 66.5億円÷475,000株= 14,000円 。これは登記された「当初D種取得価額 1株につき金1万4000円」とぴたり重なる

つまり公表額約140億円のうち、会社への新規の株式払込として登記で確認できるのは66.5億円。同社のリリース自体も、このラウンドを「第三者割当増資、既存株主による株式譲渡、ベンチャーデットおよび融資」の組み合わせと説明している。既存株主による株式譲渡は持分の移転であって会社に入る資金ではないため、 約140億円のすべてが手元資金の増加を意味するわけではない

残額のうちデット側の設計は、登記にも痕跡がある。ラウンド公表の前後、2025年5月30日と6月30日に 第21回〜第24回の新株予約権(合計61,421株分) が発行されており、うち2本は「無担保普通社債に基づく社債元本債権を出資の目的とする」転換型だ。社債とセットで、貸し手に株式転換の権利を渡す設計が登記面から確認できる。2025年7月には10億円のベンチャーデット調達も別途公表されている。

カケハシの調達は「エクイティ一本槍」ではなく、新規の株式・既存株式の譲渡・転換型社債・融資を組み合わせた多層構造になっている。実は2022年2月にも「新株予約権付融資を活用した資金調達」を公表しており、このときの第13回新株予約権(C種優先株式への転換型・750個)は現在も登記に残る。希薄化を抑えながら調達規模を確保する方針は、シリーズC以前から一貫している。

2. 会社全体の時価総額 ─ 全株式数ベースで約649億円

D種ラウンド時点のスナップショットで、会社全体の時価総額を登記から算定する。

会社全体の時価総額(D種ラウンド時点)

  • 1株あたりの値段:14,000円(D種取得価額)
  • 発行済株式:4,152,580株(普通株式 1,016,070/A種 467,530/A1種 162,720/A2種 220,540/B種 892,900/C種 917,820/D種 475,000)
  • 新株予約権:登記に現存する22シリーズ、合計 483,198株分

合わせて全株式数は4,635,778株。14,000円を乗じると 約649億円 になる。発行済株式だけで計算すれば581億円で、新株予約権を含めるかどうかで約68億円の差が出る。当ジャーナルは「いま行使し得る権利まで含めた全株式数」で統一して算定している。なお、この金額は登記から逆算した本記事独自の試算であり、同社が公表した評価額ではない。優先株式の優先分配条項などは織り込まず、全株式を直近単価で同価値とみなした近似である。

3. 「増資 → 期末前に資本金1億円へ減資」を6回繰り返す資本政策

カケハシの登記簿でいちばん目を引くのは、資本金のノコギリ波である。

資本金の推移

シリーズAで5.46億円、シリーズBで14.3億円、シリーズCで39.6億円、シリーズDで34.25億円──増資のたびに積み上がった資本金は、そのつど 1億円ちょうどまで減資 されている。減資の効力発生日は2019年2月22日、2020年2月29日、2021年2月28日、2023年2月27日、2024年1月9日、2026年2月28日の6回。同社は2月決算であり、ほぼ毎回、期末の直前に実施されている。

期末時点の資本金を1億円以下にそろえることは、外形標準課税や中小企業向け税制の判定に影響し得る(近年は資本剰余金等も含めて判定する制度見直しが進んでおり、効果は一律ではない)。スタートアップの定石ではあるが、シリーズA直後の2019年2月期末から直近の2026年2月期末まで、 8期連続で期末資本金はちょうど1億円 に保たれている。登記に現れる減資は6回で、増資のなかった期はそのまま1億円で期末を越えた計算だ。財務オペレーションの規律が登記簿に刻まれた格好である。

4. シリーズAからDまで ─ 登記とプレスリリースが4ラウンドすべて一致する

閉鎖事項証明書3通までさかのぼると、設立から現在までの資本の動きが途切れなく復元できる。プレスリリースの公表額と突き合わせた結果が次の表である。払込額は「資本金増加×2」、単価は2023年12月の株式分割(1株→10株)調整後で表記する。

ラウンド登記上の発行株式払込額(登記)公表額1株単価(発行時)
シード(転換社債)2016〜17年に転換社債2本 → 2018年3月にA1種・A2種へ転換2.25億円3,994円/7,277円
シリーズA2018年3〜4月 A種 46,753株8.65億円「総額約9億円」18,500円
シリーズB2019年10月〜2020年9月 B種 計89,290株44.1億円「約26億円」+「18億円」49,420円
シリーズC2022年12月〜2023年3月 C種 計86,146株94.1億円「ファーストクローズ76億円」→「総額94億円」109,288円
シリーズD2025年7月 D種 475,000株66.5億円「約140億円」14,000円(分割後基準)

シリーズC以前の株数・単価は2023年12月の株式分割(1株→10株)前の値で、分割後の基準に直すと株数は10倍・単価は10分の1(A種1,850円、B種4,942円、C種10,929円)になる。シリーズDの14,000円は分割後の基準だ。

検算は一円単位で揃う。シリーズCのファーストクローズ(2022年12月20日、69,676株)を登記から逆算すると76.15億円で、公表の「76億円」と符合する。完了時の累計94.1億円も「総額94億円」のリリースどおり。シリーズBの途中、2019年12月18日には「PHCを引受先とする第三者割当増資」が公表されているが、登記にも同じ日付でB種2,023株・約1億円の払込が刻まれており、日付単位で一致する。

ラウンド別の株式払込額と1株単価

1株あたりの値段は、設立時の10円から始まり、A種1,850円 → B種4,942円 → C種10,929円 → D種14,000円(いずれも分割調整後)。A種からD種への上昇は7.6倍にのぼる一方、C種からD種への上げ幅は28%と、それまでの「倍々」に比べて緩やかになった。背景には2022年以降のグロース株、とりわけSaaSの評価水準の調整がある。後期ステージでは評価額を切り下げる調達も珍しくない環境のなかで、単価を上げてこの規模のラウンドをまとめたこと自体が、足元の調達環境では軽くない実績と言える。

設立から現在までに株式として払い込まれた金額は、登記の資本金変動から逆算して累計約217億円になる。

細部にも物語がある。2022年11月30日に普通株式1,607株が1億円で発行されているが、この単価62,213円(分割前)は、第3回転換社債に定められた「期日までに次の優先株式発行がない場合の転換価額 62,213円」と一致する。シリーズC成立の直前、転換社債の一部が条項どおり普通株式へ転換された記録と読み取れる。さらに2024年1月にはC種優先株式が56,360株(分割後)増えており、同じ社債の残額がC種へ転換されたものとみられる。

5. 決算公告6期 ─ 赤字のピークは2023年2月期、直近期は縮小へ

当期純損益の推移

官報の決算公告で確認できる6期分の純損益は、▲1.7億円(2018年2月期)→ ▲5.2億円 → ▲8.4億円 → ▲20.8億円(2022年2月期)→ ▲34.4億円(2023年2月期)→ ▲24.4億円(2025年2月期)。累計の純損失は約95億円にのぼる。

注目は形だ。シリーズCの資金を投じた2023年2月期の▲34.4億円を頂点に、直近の2025年2月期は▲24.4億円へ約10億円縮小した。公告が確認できない2024年2月期についても、前後の純資産と2023年3月の払込18億円から逆算すると、おおむね26〜30億円規模の純損失だったと推定でき、赤字は2期連続で縮んでいる計算になる。公告からは売上が読めないため成長と費用のバランスまでは断定できないが、調達規模を保ちながら赤字幅を絞る、大型調達後の管理フェーズに入ったと読める軌道だ。

総資産の構造

貸借対照表はもう少し緊張感がある。2025年2月期の純資産は15.3億円まで細り、負債51.2億円が大きく上回る。自己資本比率は23.0%。第1期(2018年2月期)が2.2億円の債務超過から始まった会社としては既視感のある景色だが、5カ月後の2025年7月にD種66.5億円の払込が実行されており、直近のバランスシートは大幅に厚みを取り戻しているはずだ。次の決算公告(2026年2月期)で純資産がどこまで回復して見えるかが、最初の確認ポイントになる。

6. 体制と知財 ─ 共同代表2人、特許出願47件

経営体制は設立時の2人がそのまま続く。代表取締役の中尾豊氏と中川貴史氏は2016年の設立時からの取締役で、現在は共同代表体制を敷く。取締役にはシリーズA期の2017年から DNX Ventures のパートナーが、その後グロービス・キャピタル・パートナーズのパートナーが加わり、2025年9月には新たに取締役1名が就任した。監査役は2名。

一方で、登記上の機関設計は取締役会+監査役にとどまり、 会計監査人設置会社の登記はまだ現れていない 。監査役会や監査等委員会への移行もない。上場準備の「外形」が登記面に出てくるのはこれからの段階だ。なお2026年2月25日には第25回・第26回新株予約権(合計56,603個)が発行されており、上場時期を直接示すものではないが、インセンティブ設計の再整備が進んでいることはうかがえる。

知財は、SaaS企業としては特許に寄っているのが特徴で、特許出願47件(登録14件・審査中30件)、商標34件。AIによる来局予測・在庫管理など、業務アルゴリズムを権利化する方針が見える。組織再編は2023年11月に株式会社Kagaribi(2022年7月設立)を吸収合併した1件。グループには医薬品二次流通の Pharmarket もあり、薬局の周辺領域へ事業の裾野を広げている。従業員数は社会保険の被保険者ベースで307人(2026年6月時点)。

プレスリリース月次と調達タイミング

7. 論点 ─ 登記に「上場の外形」が現れるのはいつか

カケハシの登記簿と決算公告を通読すると、財務オペレーションの几帳面さが際立つ。期末資本金1億円を8期連続で守り、ラウンドごとの払込は公表額と一円単位で突き合う。転換社債は条項どおりに処理され、新株予約権は毎期末に失効分が整理されている。少なくとも登記と公告に現れる範囲では、資本政策の処理が一貫して整然とした会社だ。

その上で、次の節目は明確だ。第一に2026年2月期の決算公告(本稿執筆時点では未掲載)。D種66.5億円の払込後、初めての期末数字であり、純資産の回復幅と赤字縮小の継続が確認できる。第二に会計監査人設置の登記。監査法人名が登記簿に載った時点で、上場準備は外形的に一段進む。第三に売上の開示。同社の公告は損益と純資産の要旨にとどまり売上が読めないため、「国内薬局の2割超・1万4,000店舗超をカバー」と同社が公表する事業の売上規模が公開されるのは、有価証券届出書を待つことになりそうだ。約140億円の調達からおよそ1年、登記簿が次にどう動くかを追いたい。


8. 計算方法(Methodology)

時価総額の基本ルール(資本金増×2、新株予約権を含む全株式数の現存ベース集計)は記事末尾の共通注記のとおり。ここではカケハシ固有のメモを残す。

  • 検証 :シリーズA(8.65億円⇔公表約9億円)、シリーズB(26.6億円+PHC1.0億円+17.5億円⇔公表約26億円+18億円)、シリーズC(76.15億円→累計94.1億円⇔公表76億円→総額94億円)が登記とプレスリリースで一致。D種は取得価額14,000円が「資本金増×2÷475,000株」と一致
  • 新株予約権の現存ベース集計 :登記簿4通から第1回〜第26回(転換社債型を含む)の個数変更履歴を全件拾い、D種ラウンド日(2025年7月11日)時点で発行済みかつ未消滅のシリーズを集計した合計が483,198株分。このうち受託者方式とみられる第5回(13,700個・137,000株分)はラウンド7週間後の2025年8月31日に全部放棄で消滅しており、これを除いて計算すると約630億円になる
  • 第21〜24回新株予約権(61,421株分) は無担保普通社債の元本債権を出資の目的とする転換型を含む。転換価額の条項に基づく将来の株数変動は織り込んでいない
  • 2024年1月のC種増加(56,360株) は資本金の変動を伴わずに記録されており、第3回転換社債の転換価額条項(B種価額とC種発行価格の平均)から逆算した約4.5億円分の転換と整理した。この分は「株式払込額」の累計217億円には含めていない
  • スコープ :設立時払込(資本金100万円・10万株)からシードまでの普通株式の単価形成は対象外。決算数値は官報公告の単体・要旨ベースで、2021年2月期・2024年2月期は公告を確認できなかった

ファクトシート

  • 法人名株式会社カケハシ
  • 設立 :2016年3月30日
  • 本店所在地 :東京都港区西新橋二丁目8番6号(2024年2月6日 登記)
  • 代表取締役 :中尾豊、中川貴史
  • 決算月 :2月
  • 資本金(直近 2026年3月10日 登記) :1億円
  • 発行済株式(2025年7月11日時点) :普通株式 1,016,070株/A種優先株式 467,530株/A1種優先株式 162,720株/A2種優先株式 220,540株/B種優先株式 892,900株/C種優先株式 917,820株/D種優先株式 475,000株(合計 4,152,580株)
  • 機関設計 :取締役会設置会社・監査役2名
  • 公告方法 :官報

本文で言及した企業