アトモフの推定評価額は約31億円 ─ 9期連続赤字でも国内最高額クラファンを集める、京都の「デジタル窓」
京都発の窓型ディスプレイ『Atmoph Window』のアトモフ。決算公告9期は全て赤字、直近3期は債務超過。それでもクラウドファンディングで当時の国内最高額を集めた。登記から試算した推定評価額(上場企業の時価総額に相当)は約31億円。

壁に掛けるだけで世界中の風景が広がる、窓型のスマートディスプレイ「Atmoph Window」。京都発のアトモフ株式会社は、米Kickstarterから始まったクラウドファンディングを階段のように上り、世界50カ国で累計2万5千台超を売ってきた。その一方で、官報に載った決算公告は9期分すべてが純損失で、直近は3期連続の債務超過にある。
ところが同じ会社が、株式投資型クラウドファンディングで当時の国内最高額を、募集開始から1日と経たずに集めた。そして登記簿をたどると、会社が出資の単価に用いてきた評価の基準を、ラウンドごとに復元できる。赤字と支持が同居するこの会社を、公開データだけで整理する。
この記事のポイント
- 決算公告9期はすべて純損失、累計で約8.3億円。直近は3期連続の債務超過にある
- 登記の払込単価から復元した推定評価額は、A種ごろの約4億円から直近の約31億円(全株式数ベース)へと段階的に上がってきた
- 任天堂出身の経営陣が率い、FUNDINNOで当時の国内最高額となる9,999万円を約23時間で集めた
「世界中で売れている」のに、9期すべて赤字という出発点
アトモフのプロダクトは、わかりやすく人を惹きつける。世界52カ国・2千カ所以上でプロのビデオグラファーが撮影した風景映像を、壁掛けの窓型ディスプレイに映す。ハワイのビーチからロンドンの街並みまで、自宅にいながら切り替えられる。映像は月額の見放題サービスでも届く。導入先は個人宅にとどまらず、ホテル、クリニック、飲食店、そしてJAXAのような研究機関にまで広がっている。
数字の上でも反応は出ている。会社の公表によれば累計販売は2万5千台を超え、購入者のおよそ半数が月額サービスに加入し、解約率は低い水準にあるという。
2024年に株式投資型クラウドファンディングのFUNDINNOで募集をかけたときは、上限の9,999万円を募集開始から約23時間で集めた。FUNDINNOの公表では、株式投資型クラウドファンディングとして当時の国内最高額になったという。
それでいて、官報の決算公告を並べると、印象は一変する。

確認できる9期分は、一つの例外もなく純損失だ。累計の純損失は約8.3億円に達する。ハードウェアを自社で企画・製造し、世界に届けるビジネスは、先行して資金が出ていく。プロダクトが評価され、台数が伸びていても、損益が黒字に届くまでには距離がある——その距離の長さが、この決算には現れている。
ただ、悪い方向だけを向いているわけではない。純損失は2024年2月期の約1.79億円をピークに、翌期は約1.27億円、直近の2026年2月期は約8,600万円へと、2期連続で縮小している。赤字の会社が、赤字の幅を確かに削ってきている、という読み方ができる。
推定評価額は約4億円から約31億円へ ─ ラウンドごとの推移
未上場のアトモフに市場でついた株価は存在しない。それでも、登記簿に残る出資の単価を使えば、会社自身が値づけに用いてきた基準を、ラウンドごとに外から復元できる。
鍵になるのは、各ラウンドで発行された種類株式の1株あたりの値段だ。アトモフは設立以来、A種からC2種まで段階的に優先株式を発行してきた。登記簿には各種類株式の払込金額にあたる金額が記載されており、これをたどると1株あたりの値段の推移が見える。

A種の75円からC2種の405円まで、1株あたりの値段は5.4倍に上がってきた。最も新しいC2種の405円が、いまの会社の値づけを示す水準になる。
この単価に、それぞれのラウンド時点までに発行された株式数を掛けると、会社の評価額の移り変わりが見えてくる。

A種を発行した2016年ごろは約4億円、2019年のB種で約10億円、2020年のB2種で約21億円、その後のC種で約26億円、直近のC2種では約30億円——発行済みの株式だけでこの水準になる。役職員などに割り当てられた新株予約権(普通株式に直すと34万株)まで含めた全株式数で見ると、直近の推定評価額は約31.4億円だ。上場企業でいう時価総額に相当する規模だが、未上場のため市場価格ではなく、登記からの独自試算になる。単価が5.4倍に上がり、発行する株式数も増えたことで、評価額はおよそ8倍に伸びた計算だ。
この405円という単価には裏づけがある。アトモフがFUNDINNOで発行した新株予約権には、将来の転換価格の基準になる「評価の上限額」が設定されており、その額を1株405円で割り戻すと、その時点の発行済み株式と新株予約権の合計株数とちょうど合う。会社自身が405円を株価の基準に置いていることが、登記の側から確かめられる。
ただし、この「評価の上限額」は将来の資金調達でつく価格の天井であって、いまの会社に確定した値段がついているわけではない。推定評価額は将来の調達条件を映す数字であり、決算上の純資産(直近はマイナス)とは別の概念として見たほうがいい。
なお、FUNDINNOで集めた約1.7億円分(第1回・第2回の有償新株予約権)は、次の資金調達の条件が決まったときに普通株式へ転換される設計になっている。転換後の株数がまだ確定していないため、上の株式数には含めていない。これらが将来株式に変わると、株式数はさらに増える。
「隣のビルしか見えなかった」窓と、任天堂を辞めた創業者
評価額の数字だけを並べると、登記マニア向けの話に閉じてしまう。なぜこの会社が、赤字を抱えながらも投資家とユーザーを惹きつけるのか。その源は、創業の動機にある。
代表取締役の姜京日氏は、青山学院大学から南カリフォルニア大学(USC)に進み、ロボット工学を学んだ。だが研究の世界で周囲との実力差に直面し、研究者の夢を諦めて帰国する。その後はNHN Japan(現在のLINE)や任天堂でユーザーインターフェースの開発に携わった。
アイデアの原点は、留学時代に住んでいたアパートの窓だったという。「隣のビルしか見えなくて、その景色が嫌でブラインドを常に閉じていました」——本人が公開インタビュー(NESTBOWL)で語った一節だ。プロジェクターで沖縄やハワイの映像を流しても納得できず、やがて「この窓が原因なのかもしれない」と思い至る。ディスプレイの薄型化や4Kの普及で技術が追いついてきた2014年、「おじいちゃんになったときに後悔したくない」という思いで、共同創業者とともに京都で起業した。会社を率いるのは、いまも任天堂出身の経営陣だ。
製品化には億単位の資金が要る。ベンチャーキャピタルからは「そんな窓を欲しがるのは君しかいないよ」と言われたという。そこで頼ったのがクラウドファンディングだった。

米Kickstarterと国内のクラウドファンディングで初期の試作・量産資金を集め、2016年に第三者割当増資で1億円、2019年に事業会社・ベンチャーキャピタル・クラウドファンディングを合わせて2.7億円、2020年にベンチャーキャピタルと個人投資家から1.5億円を追加で調達した。そして2024年と2026年に、株式投資型クラウドファンディングのFUNDINNOで二度にわたり資金を集めている。「使う人」と「出資する人」をなるべく重ねながら資金をつないできた歩みが、登記と公表資料から跡づけられる。
二度訪れた債務超過と、増資のあとに減資を繰り返す資本政策
決算の中身に戻る。アトモフの貸借対照表では、純資産が、一度の解消を挟んでゼロ線を割り込む局面が続いている。

最初は2020年9月期。コロナ禍をはさんだこの期に純資産は約4,200万円のマイナスに沈んだが、翌期には増資で立て直し、自己資本比率は約40%まで戻った。再びマイナスに入ったのは2024年2月期で、純資産は約7,100万円のマイナス。以降、2025年2月期・2026年2月期と続き、直近は3期連続で負債が資産を上回る状態にある。赤字を出し続ける会社が、増資と借入で事業を回しながら、黒字化までの距離を詰めにいっている局面と読める。
資本金の動きには、もう一つの特徴がある。

増資で資本金を積み上げた直後に、大きく減資する動きが何度も確認できる。直近では、2024年から2025年初めにかけてクラウドファンディングなどで資本金を1億円超まで積み上げたあと、2025年2月末に3,264万円へ一気に引き下げている。資本金を1億円以下に保つことは、中小企業向けの税制(外形標準課税や法人住民税の均等割など)の負担と結びつくことが多い動きで、赤字が続くスタートアップでは珍しくない。ただし個別の狙いまでは登記からは読み取れない。プロダクトの華やかさの裏で、台所まわりの調整も続いている。
ハードからサブスクとIPへ ─ 16人が広げる事業の幅
アトモフが追っているのは、窓を売り切る商売ではない。映像の見放題サービスという継続収入と、有名作品とのコラボレーションによる体験の拡張だ。
ディズニー、スター・ウォーズ、『ストレンジャー・シングス』、『ONE PIECE』といった作品とのコラボを次々に投入し、望遠鏡型のコントローラー「Atmoph Scope」やパズルゲーム、AIアシスタントなど、窓の枠を超えた機能を足してきた。2025年にはグッドデザイン賞を受賞し、2026年にはデジタルアート市場にも参入している。会社の公表では月額サービスの年間経常収益は1億円を超え、海外販売の比率は4割近くに達するという。
事業の広がりは、知的財産にも現れている。

早い時期に「ATMOPH」だけでなく「デジタル窓」という言葉そのものを商標として押さえ、画像表示やディスプレイ制御の特許、望遠鏡型コントローラーの意匠まで取得している。2024年には登記上の事業目的を、映像機器とインターネットサービスの2本柱から、コンテンツ制作・仲介、広告、キャラクター商品の企画製造まで含む7項目へ広げた。窓を入口に、その先の体験とコンテンツへ事業を伸ばそうとする意思が、登記と知財の両方から読み取れる。
ただし、それを担う人員は、社会保険の被保険者数で見ると減っている。

社会保険の被保険者で見た従業員数は、2024年から2025年前半は20人台前半で推移していたが、2025年の終わりから2026年の初めにかけて23人から16人まで減り、直近は17人になっている。世界50カ国に製品を届け、IPコラボやサブスクを回す事業を、十数人規模で動かしている計算だ。少人数で広い事業範囲をさばく体制が、いまのアトモフの姿になっている。
機関設計の面では、2024年に監査役会設置会社へ移行し、社外監査役を含む3名体制になった。会社はFUNDINNOの開示で上場の準備に言及しており、ガバナンスを整える動きと符合する。もっとも、機関設計の整備そのものが上場を約束するわけではなく、上場の時期も公表されていない。
苦しい財務と、厚い支持が同居する会社
アトモフの決算だけを見れば、9期連続の赤字と、一度の解消を挟んで直近3期続く債務超過という数字が並ぶ。資本調達を続けながら黒字化に向かう、踏ん張りどころの局面にある。だが同じ会社が、株式投資型クラウドファンディングで当時の国内最高額を1日かからずに集め、世界50カ国でプロダクトを届けている。資金調達の継続が重要な財務の局面にあることと、ファンや投資家から強い需要を集めていることが、同じ一社の中に同居している。
次の決算公告で見たいのは、縮み続けてきた赤字幅がどこまで詰まり、3期続いた債務超過を抜け出せるかどうかだ。窓の向こうの風景は世界中に広がっている。問われているのは、その窓を売る会社が、いつ黒字化と純資産の回復に届くかという一点になる。
計算方法(この記事の数値について)
- 1株あたりの値段:各ラウンドの単価は、登記簿に記載された取得価額・払込金額相当額として読み取れる金額を用いた(A種75円・B種166円・B2種316円・C種370円・C2種405円)。なお本記事の推定評価額は、優先株式の単価を普通株式を含む全株式に当てはめた単純計算であり、優先株式に付く残余財産分配などの優先権は考慮していない。とくに債務超過の局面では、清算時に優先株主が優先的に回収するため、普通株主の実質的な取り分はこの単純計算より小さくなりうる。
- 評価額の推移:各ラウンドの推定評価額は、上記の単価に、その時点までに発行された株式数を掛けて算出した。各ラウンド時点の株式数は、直近登記の種類別株式数を発行順に積み上げた推定値で、普通株式とA〜C種は直近まで株数が変わっていない。ラウンドの時期は調達の公表時期と単価から推定した概数。
- 直近の全株式数と単価の裏づけ:直近時点の発行済株式 740万6千株 + 新株予約権5回分の目的株式合計 34万株 = 774万6千株に 405円を掛けて約31.4億円とした。この405円は、FUNDINNO型の有償新株予約権に設定された評価上限額を、その時点の発行済株式と新株予約権の合計株数で割った額にも一致する。評価上限額は将来の調達でつく価格の天井であって、確定した企業価値や決算上の純資産とは別の概念である。FUNDINNO型の有償新株予約権(第1回・第2回で合計約1.7億円相当)は次の調達条件が決まったときに普通株式へ転換される設計で、転換後の株数が未確定のため上の株式数には含めていない。
- 損益・財務:官報の決算公告は貸借対照表が中心で売上高は開示されないため、損益は当期純損益で追った。資本金は決算公告の期末値と登記の変遷が一致しており、直近は2025年2月末に約1.06億円から3,264万円へ減資している。
- 従業員数:厚生労働省の社会保険の被保険者数(月次)を用いた。実際の在籍者数とは範囲が異なる場合がある。
- 公表されたネガティブな報道・行政処分・訴訟などは、確認した範囲では見当たらなかった。
参考にした主な外部情報
※決算公告(官報)・履歴事項全部証明書・社会保険の被保険者数・知的財産(J-PlatPat)は一次データを直接参照している。
ファクトシート
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 商号 | アトモフ株式会社 |
| 本店所在地 | 京都市中京区 |
| 設立 | 2014年8月14日 |
| 代表取締役 | 姜京日 |
| 取締役 | 姜京日、中野恭兵、垂井洋子 |
| 監査役 | 3名(うち社外監査役を含む) |
| 決算期 | 2月(2021年に9月決算から変更) |
| 主な事業 | 窓型スマートディスプレイ「Atmoph Window」の企画・製造・販売、風景映像の配信サービス |