UPSIDERの推定評価額は約570億円だった ─ みずほの「657億円相当」買収を、登記簿で答え合わせする

みずほ銀行によるUPSIDER(持株会社)の約70%・460億円取得(いずれも報道ベース、100%換算で約657億円相当)を、D種優先株式から登記逆算した推定評価額570億円で答え合わせ。直近ラウンド比15%上で、外形上ダウンラウンドではない。

Compalyze 編集部分析対象株式会社UPSIDER

この記事のポイント

  • みずほ銀行による約70%取得・約460億円(いずれも報道ベース、100%換算で約657億円相当)は、その9ヶ月前のD種優先株式から逆算した全株式数ベースの推定評価額 約570億円の15%上 だった。少なくとも外形上、直近ラウンドを下回る「身売り」には見えない
  • D種優先株式は3トランシェすべて 1株90,915円ちょうど で、登記逆算の株式払込55.0億円は公表の「エクイティ55億円」と完全に一致
  • 買収の段取りは登記簿に残っている。公表の15ヶ月前に株式移転で持株会社を設立し、公表前月に新株予約権を大規模に付け替え、2025年9月19日の役員再編がクロージングを映す

本記事の前提 株式会社UPSIDER(法人カード「UPSIDER」、設立:2018年5月14日)と株式会社UPSIDERホールディングスを中心とするグループについて、 (1) 登記簿5通(事業会社の履歴事項+設立期の閉鎖事項、ホールディングス・UPSIDER CapitalUPSIDER Agentの履歴事項)(2) 官報・日刊工業新聞の決算公告(3) 同社プレスリリースおよび公開報道 を相互参照し、第三者視点で構成した分析記事です。


1. みずほが買ったのは「持株会社の70%」 ─ グループの全体像

まず、この買収の対象が何だったのかを正確に押さえておきたい。みずほ銀行が取得したのは、法人カード事業そのものの会社ではなく、その上に立つ 持株会社「UPSIDERホールディングス」の株式約70% だ。

UPSIDERのグループ構造

UPSIDERホールディングスは2024年5月、株式移転によって設立された持株会社で、VC・創業者が握っていた優先株式を含む全株式が、この1社に集約されている。その傘下に、法人カード「UPSIDER」を運営する事業会社 株式会社UPSIDER(2018年設立。株式移転による完全子会社) 、デットファンドを運営する UPSIDER Capital(2023年設立。外部出資を含む合弁) 、新事業の UPSIDER Agent(2025年設立) がぶら下がる。

みずほは、この傘下の事業会社を1社ずつ持ち合ったのではない。 持株会社の株式を70%取得することで、グループ全体を間接的に支配する 形をとった。しかも取得は既存株主からの株式譲渡(セカンダリー)で、新株の発行は伴っていない。創業株主は残り約30%を保有し、将来の上場も視野に経営を続ける。だからこの記事で「UPSIDERの評価額」と言うときは、原則としてこの持株会社の株式価値を指す。

2. 答え合わせ ─ みずほの値段は、直近ラウンドの15%上だった

2025年7月29日、みずほ銀行がUPSIDER(持株会社)の株式を取得し、連結子会社化すると公表した。取得比率は約70%・取得額は約460億円と報じられている(取得比率・金額は報道ベースで、当事者が公式に開示した数字ではない)。これを100%に換算すればおよそ657億円相当。国内フィンテックでは最大級の買収であり、「急成長スタートアップがなぜ銀行傘下に入るのか」という驚きとともに受け止められた。

この657億円相当は、高かったのか安かったのか。未上場企業の買収では普通、答え合わせのしようがない。だがUPSIDERの場合、買収のわずか9ヶ月前に優先株式のラウンドがあり、その単価が登記簿に刻まれている。

UPSIDERの推定評価額の道のり

  • D種優先株式(2024年9〜10月) :1株 90,915円 。当時の発行済株式563,964株と存続していた新株予約権62,812株分を合わせた全株式数626,776株に乗じると、 推定評価額 約570億円
  • みずほの取得(2025年7月公表) :100%換算 約657億円相当。公表時点の全株式数651,955株で割ると 1株あたり約10万0,774円

ここで使う株数は時点ごとに異なる。D種ラウンド時点は626,776株、みずほ取得時点は651,955株──この間に新株予約権の放棄・付け替え・新規発行があり、全株式数(発行済+登記上存続する新株予約権を株数換算したもの)が約4%増えている。だから「1株あたりの伸び率」と「会社全体の評価額の伸び率」は少しずれる。

つまりみずほの値段は、 1株あたりでD種単価の10.8%上、会社全体ではD種時点の推定評価額の15%上 。ただし両者は厳密には同じ性質の単価ではない。D種は清算時に優先的な分配を受けられる優先株式の発行単価であり、買収単価は普通株を含む全株式をならした実取引の価格だ。優先株が持つ条件の差を捨象して並べている点には留保がいる。そのうえで、さらにさかのぼればシリーズC当時(2022年)の評価額は約300億円と報じられており、報道値の300億・登記逆算の570億・買収の100%換算657億相当という算定の出どころが異なる数字を並べる限りではあるが、少なくとも外形上は、評価が大きく切り下がった「身売り」には見えない。買収報道だけでは見えないこの軌跡が、登記簿からは数字で復元できる。

3. D種の解剖 ─ 公表「55億円」と登記の55.0億円が一致する

2024年11月20日、UPSIDERは「154億円の資金調達」を公表した。リリースを読み込むと内訳は、第三者割当増資(エクイティ)55億円・融資(デット)99億円、これに加えて既存株主による株式譲渡(セカンダリー)17億円分。新規投資家にはテンセント、日本航空、SuMi TRUSTイノベーションファンドらが並ぶ。

登記簿はこの「55億円」を裏書きする。

D種優先株式の3トランシェ

ホールディングスの資本金は2024年9月30日・10月11日・10月21日の3回に分けて増加しており、増加額×2(払込の半分が資本金に入る慣行)をD種の発行株数で割ると、 3トランシェとも1株90,915円ちょうど で割り切れる。合計60,497株・55.0億円──公表のエクイティ部分と一円の桁まで嚙み合う。「154億円調達」という見出しの中身を、株式・借入・既存株の譲渡に分解して検証できる会社は珍しい。

4. 買収の段取りは、登記簿に全部残っている

この買収のもうひとつの読みどころは、登記簿が映す「準備の早さ」と「実行の精密さ」だ。登記の細部を追うと、買収は突然決まったイベントではなく、 持株会社化(15ヶ月前)→ インセンティブの整理(公表前月)→ 役員再編(クロージング当日) という3段階で準備されていたことが見えてくる。

登記簿に残る買収までの段取り

器は15ヶ月前にできていた。 2024年5月1日、株式移転によって持株会社UPSIDERホールディングスが設立される。設立時の発行済株式は503,467株──普通株式に加え、A種・A1種・A2種・B種・B1種・C種の各優先株式まで、その株数と構成が、株式移転直前の事業会社のそれと一株単位で一致する。この時点で株主構成を1枚の持株会社に集約しておいたことが、のちに「既存株主からの株式譲渡だけで70%を移す」取引を可能にした。実際、みずほの取得は新株発行を伴わないセカンダリー取引で、登記上も2025年に新しい株式は1株も発行されていない。リリースと登記が、ここでも噛み合う。

公表前月、新株予約権が大規模に付け替えられた。 2025年6月30日、売上条件付きの第3回新株予約権(23,915株分)が全部放棄され、翌7月1日には第8〜10回も大幅に圧縮(合計▲55,720株分)。同じ日に第11回・第12回(計76,702株分)が新たに発行された。少なくとも、みずほ公表の4週間前に、旧来のインセンティブ設計を大きく組み替えたことは登記から確認できる。銀行傘下入り後の体制に合わせた設計へ移行したものとみるのが自然だろう。

クロージングに対応する日付も、登記からかなり高い確度で推定できる。 公式発表は「2025年9月頃完了予定」とだけ言うが、登記簿には2025年9月19日に動きが集中している。この日、行使価額2,000円・4,100円の初期の新株予約権が行使されて普通株式が増え、同日付で取締役3名と監査役が辞任、新たに3名の取締役と監査役が就任した。共同創業の2人のうち1人は、まさにこの日に代表取締役を退任して取締役として残り、もう1人の創業者・宮城徹氏が単独代表となった。報道で示された将来の上場構想を踏まえれば、これは「スイングバイIPO」──親会社の重力を使って再加速し、将来の上場を目指す航法。KDDI傘下に入ったのちに上場したソラコムが代表例だ──の操縦桿を握った瞬間とも読める。

5. 調達史 ─ 「467億円」の正体まで、公表額を分解する

UPSIDERの調達史は、公表額の解剖がとりわけ効く事例だ。設立は2018年5月、旧商号は 株式会社Project Jam (2019年3月に現商号へ)。霞が関の閉鎖謄本には、資本金400万円・20万株だったシード前夜の姿が残る。

  • シリーズB(2021年10月) :約38億円。WiLがリード
  • シリーズC(2022年5月) :「総額150億円」のうち、エクイティは約54億円でデットが約100億円。DST Global PartnersとWiLの共同リード。同年7月にはみずほキャピタル・SMBCベンチャーキャピタルが追加出資し、3メガバンクグループが株主に揃った
  • 「467億円の資金調達」(2022年10月) :これは増資ではなく 金融機関からの融資・融資枠の確保 。一部で「資金調達額」が「企業価値(評価額)」と混同されたが、エクイティの値付けとは別物だ
  • シリーズD(2024年11月公表) :前述のとおりエクイティ55億円+デット99億円+セカンダリー17億円

法人カードという事業は、顧客の決済を立て替えるために巨額の運転資金を要する。エクイティは薄く、デットを厚く──公表額の大半が借入で構成されるのはこのビジネスの設計そのものであり、「累計調達額」の見出しの大きさと会社の評価額が別の話であることを、この会社ほど教えてくれる例はない。

6. グループの現在地 ─ 銀行傘下で増える「箱」

買収後のUPSIDERは、登記面でもグループの形が広がっている。

  • UPSIDER Capital(2023年5月設立) :みずほ系と共同運営するベンチャーデットファンド「UPSIDER BLUE DREAM Fund」の運営会社。2024年10月に1株1,000円で66,863株(発行済の40%相当)の第三者割当を実施しており、合弁の資本固めが登記に映る。ファンドは2号までで総額243億円、貸付実績は累計140億円超(同社公表)と公表されている
  • UPSIDER Agent(2025年3月設立) :有料職業紹介・労働者派遣・BPO・採用や人事労務の事務代行など、人材・HR領域を幅広く目的に掲げる新会社。成長企業向けの金融支援に、人材・バックオフィス支援まで広げる布石とも読めるが、現時点では登記目的以上の事業実態は確認できず、登記が先行している
  • 事業規模 :同社公表ベースで導入10万社・グループ累計決済額1兆円超・法人カードの累計与信枠5兆円超(2025年11月)

一方で財務の開示は薄い。ホールディングスの第1期公告(2025年4月期)は純資産109.9億円・純損失0.15億円という持株会社単体の数字のみで、事業会社の決算公告は2022年4月期(純資産74.5億円・純損失5.8億円)を最後に確認できない。グループの実際の損益は、現状ほぼブラックボックスである。

7. 次に値段をつけるのは、市場

UPSIDERの登記簿を通読して残るのは、「答え合わせが二度できる会社」だという感触だ。一度目の答え合わせは本記事がやった──D種の570億円に対し、みずほは15%上の657億円で買った。そして二度目の答え合わせは、スイングバイの行き先で起きる。親会社のみずほフィナンシャルグループはEBITDA200億円超が見えた段階でのIPO検討に言及したと報じられており、上場が実現すれば、657億円という銀行の値付けを市場が上書きすることになる。

その間の経過は、これまでどおり登記簿と公告に最初に現れる。事業会社の決算公告が再開されるか、ホールディングスの第2期公告(2026年4月期)に何が載るか、そして増える「箱」がどんな事業を始めるか。銀行の中に入った後も、この会社の数字は外から追える。


8. 計算方法(Methodology)

時価総額(推定評価額)の基本ルール(資本金増×2、新株予約権を含む全株式数の現存ベース集計)は記事末尾の共通注記のとおり。ここではUPSIDER固有のメモを残す。

  • D種単価90,915円の算出 :登記の資本金増加額×2(払込の半分を資本金に組み入れる会社法の慣行を仮定)を各トランシェのD種発行株数で割って算出した。3トランシェ(2024年9月30日・10月11日・10月21日)すべてで90,915円ちょうどに割り切れ、合計55.0億円が公表のエクイティ調達額「55億円」と一致することから、この仮定の妥当性を確認している
  • D種時点の約570億円 :1株90,915円 ×(発行済563,964株+2024年10月21日時点で存続する新株予約権62,812株分=全株式数626,776株)。新株予約権は各回の発行日・消滅日で「その時点に現存していたもの」だけを集計した(現存ベース)。D種ラウンド時点では第1・2・3・4・6・7・8回が現存し、第5回は2024年6月21日に消却済みのため除外、第9〜12回はいずれもD種ラウンドより後(2025年2月以降)の発行のため含まない。第3回は1個=0.1株のため株数換算している
  • 外部データベースの推定評価額とは一致しない場合がある :本記事の約570億円は「D種単価 × 現存ベースの全株式数(実際に存続する新株予約権のみを加算)」で算定している。商用スタートアップDB等の推定評価額とは、算定時点・潜在株式の範囲(未付与のストックオプション枠を含めるか等)・セカンダリー取引やデット調達の扱い・ラウンドの認定方法の違いにより一致しないことがある。本記事はみずほの取得という実取引(100%換算 約657億円相当)を物差しに、推定値がその15%下に収まることを確認している
  • みずほ取得時の1株換算 :100%換算657億円(460億円÷70%、報道と同じ計算値であり当事者が開示した数字ではない)÷ 公表時点の全株式数651,955株(発行済563,964株+新株予約権87,991株分、2025年6月30日〜7月1日の放棄・新規発行を反映)=約10万0,774円
  • クロージング日(2025年9月19日)は登記からの推定 :公式発表は「2025年9月頃」。役員の辞任・就任と新株予約権の行使が同日に集中していることから特定した
  • シリーズC以前の単価は確認できない :事業会社の履歴事項全部証明書は直近の変更と現在事項のみを表示するため、A〜C種優先株式の発行価額は登記からは取れない。シリーズC時点の評価額約300億円は当時の報道値を使用した
  • 第7回新株予約権 は2024年6月21日に1,703株分→14株分へ縮小しており、各時点の集計はこの変更後の値を使用
  • 事業会社の決算公告 は2020〜2022年4月期の3期分のみ確認。2023年4月期以降は掲載が確認できず、グループ連結の損益は非開示

ファクトシート

  • 法人名株式会社UPSIDERホールディングス(傘下に株式会社UPSIDER=旧商号 株式会社Project Jam、UPSIDER Capital、UPSIDER Agent)
  • 設立 :2024年5月1日(事業会社は2018年5月14日)
  • 本店所在地 :東京都港区六本木七丁目15番7号
  • 代表取締役 :宮城徹
  • 決算月 :4月
  • 資本金(直近 2026年3月6日 登記) :9,500万円
  • 発行済株式(2025年9月19日時点) :普通株式 206,797株/A種優先株式 41,997株/A1種優先株式 36,467株/A2種優先株式 4,999株/B種優先株式 71,944株/B1種優先株式 71,944株/C種優先株式 76,116株/D種優先株式 60,497株(合計 570,761株)
  • 機関設計 :取締役会設置会社・監査役設置会社
  • 公告方法 :日刊工業新聞

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