iCARE、オムロン子会社化と初の黒字 ── 登記が記録した「改造」の1年
完全子会社化が行われた2026年3月期(8ヶ月変則)に、iCAREは確認できた決算公告で初の黒字となる純利益9,002万円を計上。役員8名の一斉退任、優先株262万株の一本化、パーソルの健診事業承継の公告まで、登記と公告で跡づける。

この記事のポイント
- オムロン傘下入りをまたぐ8ヶ月変則期(2025年8月〜2026年3月)で当期純利益+9,002万円。確認できた決算公告で初めての黒字
- 完全子会社化の効力発生日前日付で取締役5名・監査役3名が一斉に辞任。以後1ヶ月で社員向け新株予約権6シリーズの消却と優先株式262万株の普通株式への一本化まで完了した
- 2026年8月18日には、パーソルグループから健診代行・特定保健指導事業を承継する吸収分割公告(効力発生は同年10月1日予定)
1. 8ヶ月で締めた決算が、初めての黒字だった
株式会社iCARE(クラウド健康管理サービス「Carely」)が2026年8月に開示した決算公告は、二つの点で見慣れない形をしている。対象期間が2025年8月1日から2026年3月31日までの 8ヶ月 しかないこと。そして最終行が 当期純利益+9,002万円 ── Compalyzeで確認できた同社の決算公告8期で、初めての黒字であることだ。
この8ヶ月の途中、2025年10月1日に同社はオムロンの完全子会社になっている。つまりこの決算は、最初の2ヶ月を独立系スタートアップとして、残りの6ヶ月をオムロン子会社として過ごした、境目の帳簿ということになる。
先に限定を置いておく。決算公告から分かるのは純利益までで、本業のもうけ(営業損益)がプラスだったのか、一時的な利益や税金の調整で浮いたのかは、公告からは区別できない。手がかりが全くないわけではない ── 貸借対照表には未払法人税等1,287万円が計上されており、税金を納める側に回ったことがうかがえる。一方、繰越欠損金などの将来の税負担軽減を先取りする繰延税金資産は1,338万円にとどまり、これだけで9,002万円の黒字を説明できる規模ではない。それでも利益の中身の内訳は開示されておらず、8ヶ月という期間も通常の12ヶ月とは単純比較できない。それでも、直前の2025年7月期が12ヶ月かけて▲6,443万円だったのに対し、この期は8ヶ月で+9,002万円 ── 月あたりに直せばおよそ1,100万円の黒字ペースだ(期間中の偏りをならした粗い月割りではある)。赤字がピークの2023年7月期に▲8.52億円あった会社の損益が、符号ごと変わった事実は残る(前編では創業からこの直前までの14年を扱った)。

黒字化そのものは、オムロンが来る前から仕込まれていた。純損失は2023年7月期▲8.52億円→2024年7月期▲4.17億円→2025年7月期▲0.64億円と、2年でピークの1割以下まで縮んでいる。国の社会保険データで見る従業員数(被保険者)も2024年3月の143人から2026年3月には121人へ減っている。同社から人員削減の公表は確認できておらず減少の内訳は分からないが、費用構造が縮んでいった時期と重なる。傘下入りをまたぐこの変則期の黒字は、その延長線上にある。
2. 登記が記録した「改造」
この1年の主役は、損益計算書よりも登記簿だ。とりわけ完全子会社化をはさむ約1ヶ月(2025年9月30日〜10月29日)、iCAREの登記(履歴事項全部証明書)には異例の密度で変更が刻まれている。

2025年9月30日付で、5人の取締役と3人の監査役の欄に、同じ日付の「辞任」が並んだ。完全子会社化の効力発生日の前日付で、VC出身とみられる役員を含む8名が一斉に席を返上した。旧経営陣で残ったのは創業者で代表取締役CEOの山田洋太氏ひとり。ほかに席を保ったのは、2024年10月末にオムロンから入っていた社外取締役1名だけだった。翌10月1日、オムロン側から新たに取締役1名・監査役1名が就任した。同じ日付で、社外監査役を複数置く上場会社型の監査体制である監査役会の定めも廃止された。
このときの空気を、会社側の発表が一行で伝えている。
代表取締役CEOの山田を含む現経営陣は引き続き事業執行の中核を担い、iCAREの継続的な成長を牽引してまいります。
── iCARE「オムロン株式会社によるiCARE全株式の取得に関するお知らせ」(2025年9月18日)
株主は入れ替わり、取締役会の顔ぶれも大きく変わるが、事業の執行は山田氏らが続ける ── 発表のとおりの再編成が、登記の上でそのまま実行された。
続く動きは資本の側だ。時系列に並べる。
| 日付 | 登記に現れた事象 |
|---|---|
| 2025年8月8日 | 新株予約権3.9万個が失効(退職者分の整理) |
| 2025年9月30日 | 取締役5名・監査役3名が一斉辞任 |
| 2025年10月1日 | オムロン側の取締役・監査役が就任。監査役会の定めを廃止 |
| 2025年10月9日 | 役員・従業員向け新株予約権6シリーズ(約33.5万株分)を全部消却 |
| 2025年10月20日 | A〜E種優先株式262万115株を1対1で普通株式へ一本化(優先株式は消却) |
| 2025年10月29日 | 種類株式の定めを廃止。株主名簿管理人(三菱UFJ信託銀行)を廃止 |
| 2026年1月23日 | 公告方法を官報から自社サイトの電子公告へ変更 |
| 2026年6月26日 | 定時株主総会を6月開催へ前倒し。事業目的に2項目を追加 |
10月9日、役員・従業員向けの新株予約権(あらかじめ決めた値段で株式を取得できる権利)6シリーズ・約33.5万株分が一斉に消却された。行使価額は369〜683円で、全株取得の均等換算単価(約1,300円)を下回る。M&Aの実務では行使価額との差額を金銭で払って消却する例が多い。だが、iCAREの社員がこの権利をいくらで手放したのか ── そもそも対価があったのか ── は、登記にも公開資料にも残らない。10月20日には、投資家向けに優先権を付けた器として歴代の調達を受け止めてきたA〜E種優先株式262万115株が、株主の同意に基づいて1対1で普通株式に置き換えられた。役目を終えた優先株式は自己株式として消却され、発行済株式374万5,115株はすべて普通株式になった。登記の転換条項には「上場申請+主幹事証券の要請」と「各種類の株主の書面同意」の2系統の発動事由が併記されており、どちらが使われたかまでは登記に残らない。ただ上場申請の事実は確認できず、全株がオムロンに集まる過程での転換であることからも、株主の同意による一本化 ── 上場ではなく全株売却という出口に対応した手続きとみられる。そして10月29日、種類株式の定め自体が廃止され、株主名簿を管理していた三菱UFJ信託銀行との契約も終了した。株主名簿管理人は株主が多数になる会社 ── 多くは上場を視野に入れた会社 ── が置く装置で、株主がオムロン1社になった以上、もう要らない。
一連の変更は、複雑な資本構成を親会社1社の下で畳む標準的な後処理でもある。同社が上場準備をどこまで進めていたかを直接示す記録はない。ただ、優先株5種類・新株予約権8シリーズ・信託銀行の名簿管理という「いつでも上場に向かえる形」に組み上がっていた資本の装置が、約1ヶ月でほぼすべて解体されたことは登記の事実として残っている。
なお、消えなかった新株予約権が2本だけある。株式会社新生銀行(現・SBI新生銀行)との融資契約に紐づくベンチャーデット型の2シリーズ(対象7.2万株・行使期限2026年12月)で、社員向けの6シリーズが消却された後も登記に残り続けている。奇妙なのは、この権利の対象だったD2種優先株式という種類そのものが、10月29日の種類株式の定め廃止で定款から消えていることだ。存在しない種類の株式を対象とする権利が、登記の上では宙に浮いたまま残っている。融資側の権利として別建ての決着が予定されているとみられるが、公開資料からその中身は分からない。
3. 黒字の中身をBSから読む
8ヶ月変則期の貸借対照表は、この「改造」を財務の側から映している。

- 総資産10.4億円のうち現預金が7.6億円と73%を占める。SaaS企業らしく、設備をほとんど持たない身軽な資産構成だ
- 負債側の主役は借入金の6.45億円。うち5.97億円 ── 93%が「1年内返済予定」に区分されている。返済・借り換え・親会社グループでの調達への置き換えなど、具体的な対応は開示されていない
- 純資産は2.15億円、自己資本比率(総資産に占める自己資本の割合)は20.6%
帳簿の中では、もうひとつ大きな整理が済んでいた。期中に資本準備金17.9億円の全額を取り崩し(2026年2月に公告)、もとからあったその他資本剰余金と合わせた29.1億円のうち28.9億円を、前期末の累積損失▲28.9億円の穴埋めに充てている。これは純資産の中での勘定の振り替えであり、会社の資金が増減したわけではない。ただ結果として、期末の利益剰余金(過去からの損益の蓄積)は+9,002万円 ── この8ヶ月の純利益と1千円単位で同じ額だけが残る形になった。オムロン連結の一員として再出発するにあたり、14年分の赤字のマイナス表示を整理した格好だ。
従業員数(被保険者)は2026年3月の121人を底に、8月には135人へ増えている。2年続いた減少が採用の再開に転じた可能性を示す動きだが、月次の振れもある範囲で、まだ断定はできない。

4. 決算期はなぜ3月に戻ったのか
8ヶ月の変則期が生まれたのは、決算期を7月末から3月末へ動かしたからだ。決算期の変更は、公告から確認できる範囲でも同社にとって初めてではない。前回は2019年から2020年にかけてで、このときは3月末から7月末へ移している(切り替えを挟む期の一部は公告を確認できていない)。今回はその逆走だ。
決算期の変更自体は登記に載らないが、手がかりはある。取締役の任期が1年の同社では、毎年の重任(再任)の日付が定時株主総会の開催日を示す。2023年10月・2024年10月・2025年10月と続いた総会が、2026年は6月26日に開かれた ── 期末が7月から3月へ動いたことと平仄が合う。オムロンは3月決算であり、完全子会社化(2025年10月)の直後の期から親会社と決算期を揃えるのは連結グループの通例だ。同社から決算期変更の理由の公表は確認できておらず、ここは状況からの推認になるが、時系列は綺麗に一致している。
5. 次の一手は、パーソルの健診事業
2026年6月26日の定時総会では、事業目的に「医療機器の販売、輸出入、貸与及び修理業」と「特定健康診査及び特定保健指導に関する受託業務」の2項目が追加された。前者はオムロンの体温計・血圧計を思えば含意は分かりやすい。後者の意味は、8週間後に明らかになった。
2026年8月18日、iCAREはパーソルビジネスプロセスデザイン(パーソルグループ)の 健診代行事業および特定保健指導事業を吸収分割で承継する と公告した。効力発生日は2026年10月1日の予定。承継する事業の規模(売上・人員・対価)は公告からは分からないが、効力が生じれば、Carelyというソフトウェアに健診の実務運用を取り込む、完全子会社化後では初の外部からの事業取得になる。
オムロン側の構想と合わせると位置づけが見えてくる。オムロンは2023年に医療データのJMDCを連結子会社化している。iCAREの完全子会社化発表では「個人の日常データ(オムロン)・保険者の医療データ(JMDC)・企業の従業員健康データ(iCARE)」を重ねる健康データ事業の絵を示した。2025年11月からのデータ分析の実証実験と、2026年度のサービス提供開始を目指すと発表している(いずれも会社発表の将来計画であり、実現はこれから)。健診の代行と特定保健指導(生活習慣病リスクのある人への国の制度に基づく保健指導)は、まさに「企業の従業員健康データ」が発生する現場だ。
数字の上でも、これは救済的な引き取りではない。オムロンが2025年11月に示した中期ロードマップは、iCAREを含むコーポレートヘルスケア事業に挑戦的目標を置いた ── 2030年度まで売上を年率+34%で伸ばし、営業利益率は17%。いずれも会社目標であり、達成が約束されたものではない。買収価格の水準が切り下がった一方で、買い手はこの事業を成長ドメインの中核に置いた。
組織の側は、登記とは対照的なやり方が語られている。オムロンの公式オウンドメディアは2026年2月、この買収を「文化統合をしないM&A」と題した記事で紹介し、オムロン側の事業部長は次のように述べた。
文化統合はあえてしないという道を選びました
── オムロン データソリューション事業本部 コーポレートヘルス事業部長(オムロン公式note、2026年2月24日)
約1ヶ月で法的な器を作り替え、組織と文化はあえて変えない ── ここまで見てきた登記の「改造」と、その中で働く人の扱いが、はっきり別の原理で動いている。
6. オムロン子会社として初の12ヶ月決算へ
いま進んでいる2027年3月期は、iCAREがオムロン完全子会社として初めて迎える、3月期の通期決算になる。見どころは絞られる。8ヶ月で+9,002万円だった純利益が通年でどの水準に乗るか。93%が1年内返済に区分された借入6.45億円がどう扱われるか。10月に承継を予定するパーソルの健診事業が、総資産10.4億円の身軽な貸借対照表をどれだけ変形させるか。そして時限が最も早いのは、宙に浮いたまま残る新生銀行系の新株予約権7.2万株分だ ── 行使期限の2026年12月は、次の決算公告より先に来る。
創業から14年をかけて優先株5種類の複雑な資本を組み上げた会社が、約1ヶ月でそれを畳み、8ヶ月で黒字の帳簿に締め直した。次の決算公告は、種類株式も累積損失も消えた帳簿で、親会社と決算期を揃えて迎える最初の通期の1枚になる。
計算方法・データについて(この記事固有のメモ)
- 決算数値はすべて同社の決算公告(単体)による。2026年3月期は2025年8月1日〜2026年3月31日の8ヶ月変則決算。公告の開示は貸借対照表と当期純利益であり、売上高・営業損益は開示されていない
- 「確認できた決算公告で初の黒字」は当社データベースの収録範囲(2019年3月期以降の8期分)での確認。収録範囲の中でも決算期変更を挟む1期(2020年3月期とみられる)の公告は確認できておらず、それ以前の期も収録できていない可能性がある
- 累積損失の解消は、2025年7月期末の資本剰余金29.15億円(資本準備金17.86億円+その他資本剰余金11.29億円)・利益剰余金▲28.90億円が、2026年3月期末に資本剰余金2,451万円・利益剰余金+9,002万円へ変化した差分(いずれも公告記載)から特定した。減少額は双方28億9,038万円で一致する。2026年2月の公告で減少したのは資本準備金17.86億円の全額である
- 登記の時系列(役員異動・新株予約権の消却・優先株式の転換と消却・種類株式と株主名簿管理人の廃止・事業目的の変更)は履歴事項全部証明書(2026年8月20日取得)による
- 決算期の3月期化は、定時株主総会(取締役重任日)の移動と親会社の決算期からの推認であり、同社による理由の公表は確認できていない
- 従業員数は厚生労働省の社会保険(健康保険・厚生年金)被保険者数で、雇用形態により実際の従業員数とは差があり得る。データの収録は2024年3月以降
- 吸収分割(パーソルビジネスプロセスデザインからの事業承継)は2026年8月18日の公告時点の情報で、効力発生日2026年10月1日は予定。承継対象の資産・負債・人員の規模は公告に記載がない
参考にした主な外部情報
オムロンのニュースリリース(2025年9月18日)、オムロンの半期報告書(第89期中間期)・有価証券報告書(第89期)、iCAREの発表(2025年9月18日)、官報および同社電子公告(2026年8月18日 吸収分割公告)を参照した。
ファクトシート
- 商号: 株式会社iCARE
- 本店: 東京都品川区西五反田二丁目29番5号
- 設立: 2011年6月14日
- 代表: 代表取締役 山田洋太
- 決算期: 3月末(2026年に7月→3月へ変更)
- 主要サービス: クラウド健康管理サービス「Carely」
- 親会社: オムロン株式会社(2025年10月1日付で完全子会社化、100%)
本文で言及した企業